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  ハイチ地震に思う…
    神戸・国際先端医療都市への道 (1)
         神戸発・国際医療船

 ハイチ地震に思う…神戸・国際先端医療都市への道(1) 神戸発・国際医療船
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     神戸・国際先端医療都市への道(1)神戸発・国際医療船  *

        < 震災15年… >
   「神戸震災15年」のキーワード
        ・復興街づくりや産業再生が一定の進展をみせました。
        ・防災ネットワークの拠点都市となりました。
           広域災害・救急医療情報システムの構築と
           「機動力のある、トレーニングを受けた、医療チーム(DMAT)」の派遣など
           ボランティア等による国内外災害被災者支援
           地震学、建築学、都市工学、ロボット工学等の防災研究の学術的深化と、その国際的共有
           「兵庫行動枠組(HFA)」採択から5年 など
       ・定期的に訪問して高齢化の暮らしを支える「見回り支援員(LSA)」制度の定着と
           その再評価の高まりがみられました。
       ・現行耐震基準を満たしていない建物(個人所有)の耐震補強化は進まず、
           兵庫県住宅再建共済制度の加入率も思ったほどあがりませんでした。
       ・財政的赤字はいまだ未解消のままです。

   「震災15年」のもつ意味
       ・人類は幾多の大地震を経験したけれど、
            阪神・淡路大震災の前と後とでは決定的に違うところがひとつあります。
            地震によって壊滅的被害を受けた神戸とその周辺の都市は、
            国内外の支援に支えられながら、
            官・民・学の総力を結集して、その災禍から立ち直るべく奮闘しました。
            かくも目的意識的に地震に対処した都市は、歴史上初めてだったのではないでしょうか。
        そして震災15年…、神戸は、防災科学の共有化、防災ネットワークの拠点機能をもった
            21世紀型の都市としての新しい道を歩みはじめています。

   震災15年…、全てがうまくいっているわけではないけれど、
        神戸は「よくぞ、ここまで来た」と言えるのではないでしょうか。

         < ハイチ地震に思う > 
   阪神・淡路大震災( 1995年)後に起こった地震一覧
        ・トルコ北西部地震( 1999年)…死者 1万5千人超
        ・台湾中部地震( 1999年)…死者 約 2400人
        ・鳥取県西部地震( 2000年)…負傷者 182人
        ・芸予地震( 2001年)…死者 2名、負傷者 288人
        ・新潟県中越地震( 2004年)…死者 68名、負傷者 4805人
        ・インドネシア・スマトラ沖地震( 2004年)…死者・行方不明者 22万人超
        ・福岡沖地震( 2005年)…死者 1名、負傷者 1204人
        ・能登半島地震( 2007年)…死者 1名、負傷者 356人
        ・新潟県中越沖地震( 2007年)…死者 15名、負傷者 2346人
        ・中国・四川大地震( 2008年)…死者・行方不明者 8万7千人超
        ・岩手・宮城内陸地震( 2008年)…死者 17名、行方不明者 6人、負傷者 426人
        ・岩手県沿岸北部地震( 2008年)…死者 1名、負傷者 211人
        ・駿河湾を震源とする地震( 2009年)…死者 1名、負傷者 319人
        ・インドネシア・スマトラ沖地震( 2009年)…死者 約 1200人
        ・ハイチ地震( 2010年)…死者 5万人~20万人(未確定)

   ハイチ共和国という国
        ・1804年にフランスから独立。世界初の黒人による共和制国家。
        ・独立の承認を得る代償として応じたフランスへの賠償金の支払いに窮して
           内政混乱が続き、独立以来現在までに起きたクーデターは 30回を超えている。
        ・2004年より国連の平和維持活動(PKO)が駐留。
        ・農業以外のさしたる産業がなく、1人当たりの国民総所得は 560ドル(2007年)。

   ハイチ地震の惨状
        ・首都ポルトーフランスの建物の 3割が倒壊。被災者約300万人、死者 5万~20万人。
        ・大統領官邸をはじめ政府庁舎が軒並み倒壊し、ハイチ政府機能が麻痺。
        ・PKO駐留軍の現地責任者を含むスタッフ 200名が死亡。
        ・アメリカ・フランスを中心とする国際救援隊による生存者の捜索・救援活動が展開されていますが、
        ・救援活動は進まず、一部で略奪発生。
        ・歴代ワースト10 にはいる被害発生が予想されています。

   余りにも大きすぎる防災能力格差
        ・ハイチ地震はマグニチュード(M)7.0、阪神・淡路大震災はマグニチュード(M)7.3。
          阪神・淡路大震災は直下型地震なので、地震規模だけで比較すれば、
          阪神・淡路大震災の方が上かもしれませんが、
          被害は、ハイチ地震の方が10倍以上も甚大です。
        ・ハイチは政情不安が続いていて、社会基盤が脆弱。
          首都ポルトープランスは、典型的な「低所得国の人口密集都市」で、
          そこを大規模地震が直撃したために被害が大きくなりました。
        ・テレビに配信されている映像を見ていると、
           ハイチの建物は、鉄筋の少ないコンクリート・ブロックを積み上げただけでできていて、
           その耐震性は極めて脆弱なものでしたし、
           72時間以内に行われるべき被災者救助は余りにもまだるっこすぎる…。
           これでは死ななくてもいい人が死に、助かるはずの人も助からない。
           阪神・淡路大震災の災禍をくぐりぬけてきた者には、涙がでるほど悔しい。
        ・「防災ネットワーク」を最も必要としている場所で、頼みの「防災ネットワーク」がうまく機能しない。
           神戸が15年もかけて考えてきた「防災ネットワーク」とは、いったい何だったのでしょう。

  「防災ネットワーク」構築の今日的評価
        ・防災について学習するために、数多くの研修生たちが世界各国・地域から神戸を訪れています。
           中国・四川で今も草の根活動を続けている神戸のボランティアがいます…。
           両方向に世界に開かれた「防災ネットワーク」づくりは、今や机上の空論ではなく、
           確固とした現実的基盤をもって展開され始めています。
        ・その歩んできた軌跡を振り返り、検証する時、
           神戸が歩んできた道は評価に値するけれども、
           しかし、望むところとは遠い、と思うほかありません。
        ・ハイチは地理的に遠いだけではありません。
           われらが「防災ネットワーク」のカバーしきれない埒外ありますし、
           ごく近い将来に、第二、第三のハイチが現出する可能性は極めて大です。

  「防災ネットワーク」のこれから
       ・今までに行われてきた先駆的な「防災ネットワーク」づくりを基礎にして、
       ・ボランティア活動の質的・量的飛躍はかって、
       ・「防災ネットワーク」が現実的成果をあげるNext Stageを経て、
       ・「防災ネットワーク」の国際的評価を確固としたものにするための、
       ・その第一歩としての「神戸発・国際医療船」を、提言したいと思います。

        < 神戸発・国際医療船 >の基礎知識
  病院船(びょういんせん、hospital ship)
       ・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にろると、病院船とは、
          「戦争や飢餓、大災害の現場で、傷病者に医療ケアのプライマリケアを提供したり、
           病院の役割を果たすために使われる船舶である。
           通例、世界中のさまざまな国々の海軍が運用している」
          「戦場において傷病兵への医療活動を行う船は、古代ローマ時代には出現していた」
          「近代においては1850年代のクリミア戦争でイギリスやフランスの病院船が活動したことが知られる」
          「第一次世界大戦、第二次世界大戦などでは、いくつかの国で客船を改装した病院船が整備され、
           運用された。イギリスのブリタニック、日本の氷川丸などが活躍した」
          「現在、アメリカ海軍によってマーシー級病院船「マーシー」(USNS Mercy)と
          「コンフォート」(USNS Comfort)が運用され…」    詳細

  C.Wニコルの「国際医療船」   詳細
       ・「世界中どこへでも赴くことのできる最新鋭の「病院船」を作ってはどうだろうか。最先端の設備を擁し、
           世界各地の病院や優秀な医師とコンピュータのネットワークを通じて結ばれた船だ。
           これならば、戦争で傷を負った者や飢餓に喘ぐ者、病気に苦しむ子どもたちを救うこともできる」

  日本学術会議の「病院船の使用勧告」(2005年)    詳細
       ・通常時には定期的に過疎地域や島嶼に回航し、住民の検診や治療を行い、
           国内の大災害発生時には緊急総合病院と活躍できる病院船を
           海外災害地域へ派遣し、国際平和に貢献するための活動も行う。

  日本学術会議「大都市をめぐる課題特別委員会」委員長・尾島俊雄氏(早大理工学部名誉教授)    詳細
       ・国内では小回りが利き、外用にも出られるベッド数が数百床の5000-6000トン級の病院船を2-3隻、
           早急に建造・運営する…。建造費用は、医療機器など十分な装備も備えて一隻あたり数百億円…。

  愛媛県・済生会松山病院の診療巡回船「済生丸」    詳細
       ・済生会松山病院は松山市西部地域に位置する唯一の公的病院。
       ・「済生丸」は、瀬戸内島嶼部と豊後水道の島(島内に医療機関を持たない無医島)を廻り
          医療活動を専門におこなう診療船。国内唯一の診療巡回船で、20年以上の実績がある。

        < 神戸発・国際医療船 >概要
 < 神戸発・国際医療船 >の基本的性格  
       ・国内外の大災害の現場で活躍する「国際医療船」。
          平時には、国内外の過疎地域や島嶼に回航して、住民の検診や治療を行う。
          (海外の場合は当事国の要請や同意がえられた地域を巡回)
       ・救急医療のための医療機器や医薬品を搭載、船内に手術室や病室を完備。
          さらには内陸部被災用の露営医療機材も兼備している船であればよく、
          第一号船はタンカー・フェリー・客船などを改造した船でよい。
       ・救急医療のトレーニングを受けた医療チームが常駐。
          これから医の道に進む研修医・医学生や海外地元医師・研修医も乗船。
       ・先端医療都市・神戸に本部を置き、神戸港を母港とする。
       ・国連関連機関、赤十字などとの連携を密に運営される。
       ・運営費は当初は政府開発援助(ODA)などの公費でまかなうが、
           国内外からの寄付比率が増えるよう努める。

 < 神戸発・国際医療第一号船 >の主目的
       ・大災害発生時の救急医療の効率的運用
       ・「国際医療船」運用のノウハウの確立と、そのマニュアル化。
       ・平時には感染症流行地等で医療活動を行う。
       ・自らの認知度を高めるために、テレビ・カメラを入れて放映するなどして、
          国際的な広報活動を展開し、国際医療船普及の道を切り開く。
       ・国際的な評価を得れば、最先端の医療設備を擁し、
          救急車やペヒコプターが出動可能な最新鋭船を建造して、世界各国に販売する。
       ・国際医療船の主目的は人道的支援にあって、
          何らかの見返りを期待して行われるものではありませんが、
          費用対効果を問題にする人のためにあえて言えば、
          本当に困ったときに助けてもらえることへの感謝の大きさは、神戸が一番よく知っています。
          国際医療船によって助けてもらった子どもと、彼(彼女)を取り巻く人たち、
          更には一緒に救急医療にたずさわった地元の医療スタッフたちの感謝の思いの大きさと、
          その後の彼の国とわが国との友好的な外交関係の発展などを考えれば、
          現行の政府開発援助(ODA)の事案に劣らない費用対効果が期待できるのではないでしょうか。

 < 神戸発・国際医療船 >の意義
       ・救急医療のための人と機材とをワンセットで、迅速に被災地に送りこめる。
       ・これから医の道に進む若い人たちの良い経験となる。
       ・「防災ネットワーク」の新地平が切り開かれる。
       ・感染症治療への道が開ける(国際医療船と神戸先端医療との協働)

         < 最後にひとこと >
  震災15年…、俳子は今、あの震災がなかったかのような平穏な毎日を送っていますが、
       それでも、なにかの折に、ふと、あの15年前の災禍のことを思い、
       その渦中に死にゆきし人たちのことに想いをめぐらします。

  あの日のことを忘れない…そうすれば今、何をすれば良いのかの一端がわかるような、
       残り少ない余生を精一杯、生きていけるような、そんな元気をもらえるような気がするのです…。

                                      2010年1月17日執筆 
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